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2019年4月15日月曜日

釣りが上手くなりたいなら議論力を鍛えよう | 議論と討論と口論の違い.

どーでもいいしょうもない愚痴みたいな記事書きます.

このブログを上から目線で偉そうだと感じている人がいても別に構いませんし,ためになると思っていただけているならそれはそれで嬉しく思います.

自分としては自分の思ったことを書いているに過ぎず,共感してほしいとかは全く思ってないので,ちゃんと情報を取捨選択出来る人は,ああそういう人もいるのね程度に思っていただいて,情報の中から自分の必要としている情報を抜き出して活用すれば良いと思います.情報として意味のないものだと思えば,ブログなんか見なければいいだけの話です.

よくわからない人はインターネットリテラシーについて勉強すると良いでしょう.
ここでは割愛します.

さて,タイトルにあるとおりですが,議論出来る人って少ないよねって話,ちょこちょここのブログでは出てきます.

そもそも議論って何!?
わかってない人多すぎないでしょうか?

ネットでもそうですけど,現実でも.

議論をディベートと勘違いしているディベート脳の多さに嫌気が差します.
また,議論を口論だと勘違いしている人も少なからずいるなぁと感じています.

ディベートではたとえば,ある議題に対して,賛成か反対かに別れて「討論」を行うものです.相手を言い負かす,論破する,自分の意見が優勢だとみんなに分からせる論理力が必要だと思います.相手の意見の重箱のスミやロジカルな欠陥を指摘することもしばしばあります.そうやって,自分の意見を相手,あるいは聴衆に優位であるように見せるものだと思っています.議論とは本質が全然異なります.

口論とは口喧嘩です.
言い合いのことです.
すぐになにか否定的なことを言われたから,自分が否定されたと勘違いして怒る人が居ます.いや,これ議論ですから,否定もされますよ.否定することが悪いことだと思ってる人もこの種の勘違いをしていると思います.

では,議論とはなにか?
議論とはお互いの価値観を知るための行為であり,自分の知らないSomething newを得るための建設的な相互のコミュニケーションだと思います.
人なんか自分以外は他人です.自分と同じ訳がない!!
自分と同じではないから知る必要があると思うのです.だから議論が必要.
日本人?は何かと,集団的に一つの意見にまとまらなければならない!というような観念が強い人種で,何かと人と違う意見を持っていることに恐れを感じている人が多いと思います.そういう人こそ,もっと他人は自分と違うことを知って,まず,「ああ,価値観って違うんだなぁ」って認識した上で,価値観が違うなら,何がいいと思うか何が悪いと思うかも違うわけで,そういう「違い」を議論によって知ると良いと思います.
それを知ることによって新しいなにか?に出会えるのではないでしょうか?
相手の意見は自分と違う=自分の気づかなかった何か新しいことが相手の意見の中にあるかもしれませんから!
んで,科学的なあるいは技術的な議論ではない場合,細かい論理のミスなどは指摘する程度でそこを本質的につつくと上手くいかないことが多いと思うので,伝わってればとりあえずOKみたな姿勢も大事なんじゃないかなぁと思います.

自分の知らないことをしゃべる相手を否定的に思う人もいると思いますが,まずは自分の知らないことを知っているという事実を受け入れたほうが良いと思います.
そう,みんな違ってみんないいわけです.

「分かり合う」なんて言葉がありますが,議論において分かり合うっていうことは不可能だと思います.「分かり合えないことがわかること」これは議論をする大前提にあるのかもしれません.
そもそも正解がないものを議論していることは多いですし.

議論において論破なんてものはありません.

ので,論破しようとしてくる人をのらりくらりと交わしていると,こいつは議論から逃げた!などと言われます.いいんです.逃げちゃえば,論破してこようとする人から学ぶことなんてたぶん1つもありません.逃げるが勝ち.関わらないほうが勝ちだと思います.

論破したいだけの人,否定したいだけの人は全くロジカルに話せません.
特徴としては,
・自分の意見を言わない.自分で考えたら?みたいなことばかり言う
・なぜか敬語が使えない
・なぜか命令口調
・なぜかよくわからないが,インターネットの「匿名」に多い
・なぜ?と聞くと答えがない,根拠は?と聞くと答えが無い.相手のことを知りようもない
などなどです.

もちろんすべてを諦めるのはよくないので,最初から決めつけて,こいつは論破厨だ!なんてレッテル貼りも良くないです.ある程度の是正を試みて,議論不可能だと思ったらそっと身を引けばよいのです.
議論できない=自分の成長機会を逃しているって気づいてほしいですけど,それすら言っても分からないのだろうなぁと思うと,なんだか悲しいです.

ということで,まぁ,議論できない人って多いよねって話でした.
そもそも日本には議論できる場所が少なすぎます.
このブログや私を議論の機会にしていただけると,それはそれで嬉しい限りです.

Facebookメッセージ,LINE@,Twitter,Instagram,E-mailその他色々な手段で私へコンタクトできるようご準備しております.
どうぞよろしくお願いいたします.


2018年11月2日金曜日

成長する釣り人と停滞する釣り人の特徴 | 議論できるか出来ないか?

どうもです.
今回はグチグチした内容になります.

ブログの記事ではそうした,記事は書かないつもりでいましたが,若い人がこんな人間になってほしくないなという思いで書きます.

成長する釣り人とは,個人的には他人の意見を吸収して自分でも考えられる人だと思います.停滞する釣り人とは,他人の意見を聞かず,自分の意見が唯一絶対正しいと思ってる人だと思います.
 

ふと,ツイッターのタイムラインを覗いていたら,以下のようなツイートが流れてきました.引用します.

世の中、議論できる人ほど「話し合いで人が分かり合うのは無理だ」と言ってて、相手の話を全く聞かない人ほど「話し合いが大事だ!絶対分かり合える!」と言うよね。無能な上司ほど「私は有能だ!」と思い込んでるのに似てる。
https://twitter.com/R8eru/status/1056930824115736576

これね…「議論ができる人」は、合意とは妥協の事だと分かっているので、互いの妥協点を見い出す為に努力するんだけど、
「相手の話を全く聞かない人」って、自分の思い通りの要求を相手が呑む事を合意だと捉えていて、その為に「絶対分かり合える」という言葉を使って食い下がるだけなんだよな…
https://twitter.com/takuramix/status/1057181632296181760

ああ,まさに!と思った次第です.
コレを見て,成長できる釣り人と停滞している釣り人の違いはこういうところにもあるだろうなぁと思いました.

以前にも私はイライラしている時に以下のような記事を書きました.

 【要注意】何を行っても無駄な人

https://kimamanitsuri.blogspot.com/2016/02/blog-post_4.html

私事ですが,最近,Instagramにてフォロワーの多い影響力のある方とDMにてやりとりした際に,例のストレートポンピングの話になりました.
その方はキャスティングでは大きい魚をつられていますが,ジギングでは15kgより大きい魚は釣られたことが無い方.カンパチは10kg程度まで.

そういう方に限って,「ストレートポンピングは意味がない,やる必要はない」とおっしゃる方がいらっしゃいます.村田基さんもそうでしょう.
自分がそう思うだけなら,個人の勝手なので,考え方の自由でいいんじゃないかなぁと私は思うんです.
しかし,影響力のある人が,初心者の方などに対して「ストレートポンピングはやらないほうがいい,やっちゃダメ!」というのとはまた別の話だと思ってます.
インスタグラムでそういう趣旨の発言をされていたので,自分が思うストレートポンピングのメリット,そして実績,相手がストレートポンピングをダメだと思う理由を聞いた上での回答を行いました.

いっしょに釣りに行くメンバーも探していらしゃったので,百聞は一見にしかずなので,私と釣りに行ってくれともお願いしました.

色々と精力的に活動されている方のようだったので,建設的な議論ができるか?と思っていたのですが,その後,結局,音信不通の後,ブロック,鍵かけ.

あー,その類の人だったかぁと残念に思った次第です.

で,こういうことを書くと,ブロックされたのが悔しかったの?相手にされなくて残念だったね!みたいな典型的な煽りをする人がいらっしゃいますが,そういう煽りをする時点でそのレベルの人なんだなぁぐらいにしか自分は見れないですね.

本質はそこじゃないですから.

で,冒頭に戻ってきます.

大人になってから,こんなに議論ができない人が多いなんて思ってなかったです.
自分が環境に恵まれていたからなのか,高校,大学と周りの人達,友人とはよく議論が出来ました.
議論をすることなく,育ってきたような人と自分が大人になって相まみえた結果,コレです.

ツイッターでは議論が出来ない人は「絶対分かり合える」と思っている.
というところで止まっていますが,重要なのは「自分の思い通りの要求を相手が呑む事を合意だと捉えている」というところだと思います.
そして,自分がぐうの音も出ないぐらいの理論を突きつけられた時に,相手の思い通りの要求を飲まないといけないと勘違いをしていて,結果,本当にどうしようも無い人はそれが嫌で,相手を遠ざける,無視するという選択肢を取るのだと思います.
ああ,そういう考え方もあるんですね〜,言ってることは分かりました.だけど,自分はやっぱり違うと思いますって感じと相手の意見の存在を認めつつ,自分の意見を曲げないことだってできるはずなのに・・・.

まぁ,本当に遠ざけることでしか解決しないような人も世の中には居ますけど・・・.
そういうのと議論をすることの区別がつかないのかなぁと思いました.

私はストレートポンピングもアリだし,竿を曲げたファイトもアリだと何回も言ってます.それは使ってる竿の強度やかかってる魚,リールのドラグ,人の体力.ラインの角度,その人の考え方や,その他いろんなファクターがあって,やり取りが決まるものであると思っているからです.

私が私のことを絶対的に正しいとは思っていません.
そうは思っていませんが,私なりに考えた結果であり,前にも書いたように,「考えの存在」は認められるべきだと思ってます.

・・・・・


まぁ,愚痴っとした内容でしたが,私にも悪いところは色々あると思うので,自覚はしています.でもまぁ,そんなみんなに好かれて納得されて,誰からも嫌われないみたいな正に聖人みたいな人なんてそんな居ませんし,悪いところも個性ですから,敢えて耳の痛いことを言ったりしてます.周りからどう思われてるかは分かった上で空気を読むか読まないかは本人次第かなと.敢えて読まない選択まであることを解っているとだいぶ生きやすいです.

でわ.